音楽とワイン・・・モーツァルトびよりによせて   初冬

 「音楽は魔力をもつ」と、古いことわざにある。その魔力は、「荒れた心をも癒す」という。たしかに音楽には測り知れない力がある。感動を誘い、心をゆさぶり、ふるいたたせ、癒す力。
 その力はどこからくるものだろう。音楽はもともと伝達手段として生まれたと、専門家は言う。その内容は単純なメッセージから、しだいに複雑なものになり、音楽はやがてなにかを物語る手段になった。若い世代へ大切な伝統を伝える場合も、人を楽しませ喜ばせる空想物語を伝える場合もあった。 そして長い歴史の中で、音楽はなにかを伝えるという最初の役割を変え、人の心に訴えて、聴き手を楽しませるものになった。 モーツァルトが傑作を書いたのは、いまから200年以上前。彼は作品を通してなにを「語ろう」としたのか。それを理解することはむずかしい。 だが、たとえそれがわからなくても、モーツァルトの音楽のまぎれもない美しさ、感動をあたえる力はおのずと輝きだし、どんな聴き手の心にもとどく。 それがモーツァルトの遺したものであり、彼の音楽がすべての人に癒しをもたらすことはまちがいない。あまねく喜びをもたらす、かぎりない美しさ。音楽の癒しの力のみなもとは、そこにある。
 そんな美しさにふれ、人と分かちあうとき、私たちは祝福された気持ちになる。心が満たされ、たとえ束の間でも、天使が私たちの肩から、世のわずらいを取り去ってくれるような思いがする。

 ワインもまた、おなじ力をもっている。ワインも、その起源は素朴なものだった――もともとは長期間にわたって果実を保存するための方法として生まれたのだ。 それがやがてとらわれることのない純粋な楽しみのみなもととなり、味わう者につつましいながらもたぐいまれな歓びをもたらすようになった。
 モーツァルトの音楽と肩をならべるほどのワインは、めったにあるものではない。だがワインの中には、モーツァルトの音楽とおなじものが潜んでいる。 それは、思いわずらいの多い毎日の中に「癒し」を、歓びをもたらしたいという作り手の心意気だ。これらのワインに、その魔力を感じていただけたら、うれしい。(B)モーツァルトびより

※「モーツァルトびより」とは、モーツァルト生誕250年を記念してつくったツヴァイゲルトレーベ種の赤ワインと、その赤ワインに聴かせたCDの名前。この文章はCD「モーツァルトびより:堀内誠一画」のライナーノーツより