四季の日記から

十本の桜  春

P1010076 一昔前のある早春のこと。桜の木を乗せたトラックと植木屋さんがココ・ファーム・ワイナリーにやってきました。ワイナリーの地下セラーでお世話になった仮枠(かりわく)大工のみっちゃんが、桜の苗木を10本、植木屋さん付でプレゼントしてくださったのです。葡萄畑の中腹に5本、葡萄畑の麓に5本。互いに呼応するように、またこころみ学園の園生たちがどこにいても桜を楽しめるように、その桜は植えられました。
 「桜はみんなで観られるからなぁ」そういうみっちゃんは、この桜を一度だけ観て帰らぬ人になりました。春ごとに見事な花を咲かせるみっちゃんの桜。
 生前、彼は腕のいい仮枠大工でした。ご存じのように、コンクリートの仮枠は、コンクリートを流し込んでコンクリートが固まるとその役割を終えます。決して表に出ることのない仮枠。そういうものに宿るつつましさ、奥ゆかしさ。みっちゃんの桜は、名もなき(自分の名前さえ書けない)人たちのワインづくりにエールを送るように、今年もみんなを楽しませてくれています。(C)

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ジュラ紀の石 晩春

 ココ・ファームのカフェのすがすがしさは、吹き渡る風。でも時には強い風が吹くため、白いパラソルの土台には葡萄畑の石が置いてあります。
 足利市田島町と佐野市赤見町の葡萄畑は、ともに夏の西陽をうけやすい山の南西斜面を開墾した畑。テラスヴィンヤードも田島川の葡萄畑も自家畑はみな、目に見えない土の下に、地球の歴史を感じることができます。葡萄畑の礫(こいし)混じりの20cm~100㎝ある壌土の下は、砕屑岩(さいせつがん)類、チャート、玄武岩(げんぶがん)、メランジ (melange)などで構成された頁岩(けつがん:shale)。 これらの岩石は、なんと、ジュラ紀に海溝の底に溜まった岩石が地殻変動により押し上げられて形成されたもので、古代の貝殻の化石を見つけることも。
 特殊な層となった母岩は、水はけがよいと同時に、葡萄の根が深く入り込むことができる、まさにココのテロワール。 こころみ学園の葡萄畑の頂上に登ると、ジュラ紀の崖を目の当たりにすることができます。
 頂上まで登るのが大変な方は、カフェのパラソルの土台のジュラ紀の石と、どうぞごゆっくり。(C)

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葡萄の花 初夏

 葡萄畑に色とりどりの花咲く春! ところで葡萄の花は何色でしょうか? 白? 黄色? ピンク? いやいや葡萄の花は咲かない?
 ずいぶんと昔のことです。ラジオの「こども電話相談室」で、「花の色の中で一番多いのは緑色」と教えてもらいました。 花が咲かないと思われているような植物は、みんな葉っぱや茎と同じような緑色の花を咲かせるのだと。 植物の生存と繁殖を担う器官でもある花は、虫に花粉を運んでもらう植物は目に付きやすい花を付け(虫媒花)、風に花粉を運んでもらう植物は地味な花(風媒花)が多いそうで、植物学の世界では花の色についてさまざまな研究がなされています。
 葡萄の花は白薄緑。バラの花が咲く頃、葡萄はひっそりと目立たずに花を咲かせます。人が見ていてもいなくても、葡萄は静かに花を咲かせ葡萄畑には葡萄の花独特の香りが漂います。 ワインづくりのカレンダーでは、葡萄の花が咲いて100日目が葡萄の収穫のときと言われています。
 ココワインの葡萄は、場所によって、またその年の気候や葡萄品種によって収穫期は異なり、8月中旬から11月まで、葡萄の開花から70日から150日で収穫といったところでしょうか。ヴィンヤードサンプルを細かく採取しながら、全体の味のバランスを見て、葡萄が「ワインになりたい」という時期をとらえて収穫します。葡萄は醸造場に運ばれ、野生酵母(葡萄の果皮についた自然の酵母)による醗酵や、野生乳酸菌によるMLF(マロラクティック醗酵)を経てワインになります。
 そして、葡萄畑でひっそりと目立たぬ花を咲かせた葡萄は、食卓のワイングラスのなかで、それぞれに香り豊かで鮮やかな花を咲かせてくれます。(C)

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マタヤローネ 夏

 2009年初夏、ココ・ファーム・ワイナリーに新しいデザートワインができました。 2004年と2005年の晩秋、佐野市赤見の葡萄畑で遅摘みされたマスカット・ベイリーAの葡萄からつくった「マタヤローネ」です。
 収穫の年に葡萄を一粒一粒、ハサミで軸から取り外し、それをエビラ(箙)に並べて天日で乾燥させ、さらにエビラごと干椎茸用の乾燥機に入れて乾燥させました。 乾燥により葡萄の甘さは20°Brixから30°~50°Brixまで凝縮。この乾いた葡萄を搾っても搾っても得られる果汁はほんのわずかで、もとの果汁の5分の1以下でした。 しかも糖度が高いため、普通のワインが醗酵にかかる時間は約2週間ですが、このデザートワインは6ヶ月間もじっくり醗酵を続け、その後の熟成期間44~56ヶ月とあわせると、なんと収穫から4~5年かかってようやくビン詰されたのです。
 膨大な手間と時間をかけてつくったこのデザートワインですが、名前はあっという間に決まりました。
 仕事を終えた夕方、醸造責任者の柴田さんが「今日のビン詰めはこれで終わり。お疲れさまでした」と言うと、すかさず「また、やろうね!」という園生の声。
 ビン詰めが大好きなW君がこのワインの名づけ親です。 イタリア・ヴェネト地方を中心に葡萄を干してつくる、長命なデザートワインRecioto della Valpolicella Amarone(レチョート・デッラ・ヴァルポリチェッラ・アマローネ)に敬意を表して、日本の関東地方のMataYaronne(マタヤローネ)はできました。
 少しずつしかできないので、何年もお待たせすることがございますが、「またやろうね」とチャレンジしていますので、どうぞよろしくお願いします。(C)

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新酒の季節 秋

 いよいよ収穫と仕込みの最盛期を迎え葡萄畑は大忙しです。急な斜面を登り降りして、こころみ学園の園生総出で収穫。
 その後こころみ学園では仕込みの前に徹底した選果を行います。収穫した葡萄をもう一度丹念に点検し、痛んだ粒を取り除いて、一房一房どころか、葡萄の粒の一粒一粒を選ぶのです。 そんな風にして仕込んだ葡萄は、まさにこころみ学園ならではの味わい。
 11月の第3日曜日とその前日の土曜日には収穫祭が開かれ、素敵な音楽やおいしい料理といっしょに、猛暑の日も、厳冬の日もみんなでがんばって育てたワインを楽しみます。 1984年から始まったこころみ学園の収穫祭、おかげさまで、たくさんのお客様でにぎわうようになりました。
 でも混雑は苦手という方は、ぜひ収穫祭以外の日にお出かけください。 お気に入りのワインとランチボックスをテイクアウトして、奥の池の畔で、葡萄畑の頂上で、楽しいひとときをお過ごしください。
 ココ・ファームのヌーボー「のぼっこ」は、毎年11月3日新発売です。(C)

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葡萄の導くままに 秋

 ワインづくり最大のポイントをご存じですか。
 それは最上の葡萄を用いる、これに尽きるのです。 実際、良い葡萄が手に入れば、醸造技術者の仕事は、その質を保って、葡萄がワインに変わっていくプロセスをひたすら見守るだけなのです。
 「こころみ学園」の葡萄畑は、太陽の光を最大限に浴びる南西向きの斜面、水はけの良い石だらけの痩せた土壌と、ワイン用の葡萄作りに理想的な場所。 そして、携わる人々全てが、採算ではなく品質を尺度として、時間と情熱をワイン作りに傾けています。
 「日本で優れたワインができるの?」と、いぶかる人がいますが、私の答えはYES。この国ではワインのための葡萄づくりは端緒に付いた所ですが、成果は着実に挙がっており、少量ながら世界にひけをとらない名品が誕生していると思います。
 皆さんがココワインもそのリストに加えてくださるといいのですが。(B)

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音楽とワイン・・・モーツァルトびよりによせて   初冬

 「音楽は魔力をもつ」と、古いことわざにある。その魔力は、「荒れた心をも癒す」という。たしかに音楽には測り知れない力がある。感動を誘い、心をゆさぶり、ふるいたたせ、癒す力。
 その力はどこからくるものだろう。音楽はもともと伝達手段として生まれたと、専門家は言う。その内容は単純なメッセージから、しだいに複雑なものになり、音楽はやがてなにかを物語る手段になった。若い世代へ大切な伝統を伝える場合も、人を楽しませ喜ばせる空想物語を伝える場合もあった。 そして長い歴史の中で、音楽はなにかを伝えるという最初の役割を変え、人の心に訴えて、聴き手を楽しませるものになった。 モーツァルトが傑作を書いたのは、いまから200年以上前。彼は作品を通してなにを「語ろう」としたのか。それを理解することはむずかしい。 だが、たとえそれがわからなくても、モーツァルトの音楽のまぎれもない美しさ、感動をあたえる力はおのずと輝きだし、どんな聴き手の心にもとどく。 それがモーツァルトの遺したものであり、彼の音楽がすべての人に癒しをもたらすことはまちがいない。あまねく喜びをもたらす、かぎりない美しさ。音楽の癒しの力のみなもとは、そこにある。
 そんな美しさにふれ、人と分かちあうとき、私たちは祝福された気持ちになる。心が満たされ、たとえ束の間でも、天使が私たちの肩から、世のわずらいを取り去ってくれるような思いがする。

 ワインもまた、おなじ力をもっている。ワインも、その起源は素朴なものだった――もともとは長期間にわたって果実を保存するための方法として生まれたのだ。 それがやがてとらわれることのない純粋な楽しみのみなもととなり、味わう者につつましいながらもたぐいまれな歓びをもたらすようになった。
 モーツァルトの音楽と肩をならべるほどのワインは、めったにあるものではない。だがワインの中には、モーツァルトの音楽とおなじものが潜んでいる。 それは、思いわずらいの多い毎日の中に「癒し」を、歓びをもたらしたいという作り手の心意気だ。これらのワインに、その魔力を感じていただけたら、うれしい。(B)モーツァルトびより

※「モーツァルトびより」とは、モーツァルト生誕250年を記念してつくったツヴァイゲルトレーベ種の赤ワインと、その赤ワインに聴かせたCDの名前。この文章はCD「モーツァルトびより:堀内誠一画」のライナーノーツより

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和食とワイン 初冬

 今日の話題は和食とワイン。銀鱈の西京焼きとシャルドネの組み合わせが好きな私にとって、二つの素晴らしい伝統の融合は心弾む冒険旅行ですが、楽しく旅行するためには、二、三の知恵も必要です。
 まず、日本の台所に不可欠の砂糖、酢、醤油は控え目に。砂糖が多いとワインの酸味を必要以上に際立たせ、酢、醤油が強いと酸化を極力抑えるワインと衝突しがちだからです。
 また欧米の食習慣にならって一皿ずつ順に出せば、料理とワインを合わせやすくなります。その指針は「類は友を呼ぶ」。スパーシーな食べ物にはスパーシーなワイン、軽い料理には軽いワインという具合です。
 こんなコンビネーションはいかがでしょうか?。 トンカツ...わずかに甘いロゼ。 焼鳥(塩)...フルーティで軽めの赤。 鰻の蒲焼き...フルボディの赤。 天麩羅蕎麦...よく冷やしたスパークリングワイン。 肉じゃが...フルーティでやや甘口の白。 新鮮な刺身...辛口のしっかりした白。
 和食とワインが歩み寄って親密さを深める様は、人と人の関係によく似ています。(B)  

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